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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)174号 判決

控訴人 被告 住友金属鉱山株式会社 代表者 田中外次

訴訟代理人 成富信夫 外三名

被控訴人 原告 三松秀太郎

訴訟代理人 昌子篤俊 外一名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決及び、もし原審で認容された被控訴人の請求が当審に於て認容されないときは、予備的に、原判決を変更し控訴人は被控訴人に対し金二万二千円及び之に対する昭和二十六年十月十一日から完済に至るまで年五分の割合の金員を支払うべし、訴訟費用は、第一、二審共控訴人の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張、立証及び之に対する相手方の主張は、被控訴代理人に於て、(一)昭和十三年の改正前商法に規定されていた権利株の譲渡禁止の制度は実際取引界では全然無視される不合理のものであつたので、現行商法ではその第二百四条第二項の規定により対会社関係以外に於ては有効に行うことができることとなつた。而して証券取引法の制定に当り取引市場の実情に即して同法第二条は同法にいわゆる有価証券を列挙したが、株金払込領収証は同条第一項第六号所定の新株の引受権を表示する証書に該当するから同法にいわゆる有価証券であつて、控訴人主張のように単なる免責証券ではなく、従つて右領収証により株主権が設定せられ、株主権の移転には領収証の引渡を必要とするものと解さなければならない。(二)仮に右領収証による株式の譲渡は会社に対しその効力を生じないとしても、譲受人は法理的に会社に対し株券の交付を請求し、且交付を受けた株券の自己への名義書換を請求し得るものである。何となれば領収証の引渡を以てする株式譲渡の法律効果中には領収証の名義人の名を以て株券の交付を請求する代理権の授与をも包含し、この授権は一度名義人によつてされると以後領収証に附随して輾転流通し、その中途で事故があつても、その事故は最終の取得者が善意である限りその権利に何等の影響をも与えないからである。従つて領収証による本件株式の善意の譲受人たる被控訴人は控訴会社に対し領収証の名義人の名で領収証と引換えに株券の交付を要求し、更に自己への名義書換を請求し得るものである。(三)控訴人主張の領収証の喪失者に領収証と引換えずに株券を交付する商慣習につき、例えば領収証が焼失等により物理的に滅失した場合、又相対的に之を喪失した場合でも所持人がついに出現しないこともあり得べく、そのような場合に、会社が実際に於て領収証と引換でなしに株券を領収証の喪失者に交付するのやむない場合もあり得るけれども、このような措置は飽くまでも応急的なものであつて、之により領収証を無効とすべきでないことは、会社が領収証の所持人以外の者に株券を交付するに際し、後日正当な権利者が出現したときこの者に対する会社の義務につき株券受領者をして保証させる為現に控訴会社が訴外菱三証券株式会社から差入れさせているように株券受領者から念書又は保証書を差入れさせることが慣習となつていることに徴しても明らかである。(四)仮に原審で認容された被控訴人の請求が当審で認容されないとすれば、控訴会社は昭和二十六年七月二十五日に増資新株につき一般株主に対し株券を交付すべき旨通知したから、被控訴人は控訴会社に対し本件領収証と引換に新株券の交付を要求し得る筋合のところ、控訴会社は昭和二十六年十月十日に菱三証券株式会社に対し右領収証該当の新株券を交付してしまつた為被控訴人に対する右株券の交付が不能となり、その結果被控訴人は同日における右株式の市場価額の最終価額なる一株につき金百十円、二百株で合計二万二千円の損害を蒙つたが右損害は控訴人の本件不法行為によるものであるから控訴人は被控訴人に対しその賠償義務がある。よつて被控訴人は予備的に控訴人に対し右二万二千円及び之に対する右損害発生の日の翌日なる昭和二十六年十月十一日から完済まで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。と述べ、立証として甲第四号証を提出し、乙第十二号証の一、二、第十三号証の一、二、三、第十四号証及び第十七号証の原本の存在及び成立並びに乙第十五、第十六及び第十八号証の成立を認め、控訴代理人に於て、控訴会社が株券を菱三証券株式会社に交付するに当り被控訴人主張の念書を徴しているのは、盗難遺失等意思に基かないで証拠金領収証を失つた権利者に株券喪失の場合のように除権判決の道がないので之を救済する為の商慣習に従つたものに過ぎず、従つてこれが為に被控訴人主張のように右株券の交付が無効となるべきものではない。と述べ、立証として乙第十二号証の一、二、第十三号証の一、二、三、第十四乃至第十八号証(但し乙第十五、第十六及び第十八号証以外はいずれも写)を提出し、当審証人藤田国之助、柳沢真三男、玉利信吾の各証言を援用し、甲第四号の成立を認めた外、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

被控訴人がその主張の控訴会社の増資新株式申込証拠金領収証(以下証拠金領収証と略称する)二通にそれぞれその名宛人の譲渡証書を添付したもの(名宛人神谷道子のものの番号は第七一〇九号、同島木きみ子のものの番号は第六〇六四五号)を現に所持していること及び右証拠金領収証が被控訴人主張通り株式払込金領収証に代える趣旨で発行されたものであることは当事者間に争いのないところであり、従つて右証拠金領収証はいずれも株式払込期日の経過により当然株式払込金領収証(以下領収証と略称する)となつたものと言うべきである。而して原審における証人中村茂の証言及び被控訴本人訊問の結果と、右中村茂の証言により成立を認め得る甲第一号証とを綜合すれば、右領収証二通は被控訴人が昭和二十六年七月二十四日に右中村茂から同人に対する金六万円の貸金債権の担保として控訴会社の昭和二十六年六月十八日の増資による新株二百株を譲り受けるにつきその交付を受け前記の通り所持するに至つたものであることが認められる。

而して成立に争いのない乙第九号証、第十号証、第十八号証及び原本の存在並びに成立に争いのない乙第十四号証によれば、昭和二十五年の改正商法施行後の株式取引界に於て株式申込証拠金が株式払込期日に払込金に振替充当される趣旨で証拠金領収証が発行された場合には、記名の権利株(即ち株式の引受による権利)又は株券発行前の記名株式の譲渡はその証拠金領収証又は領収証に引受人(株券発行後には株主であつて領収証の名宛人)の譲渡証書(その名宛人の白地式なる場合を含む)を添付して譲受人に交付することによつてなされ、このような株式(権利株を含む)は株券に譲渡証書が添付された場合と同様有効に取引界を輾転流通する商慣習が昭和二十六年当時はもちろん、昭和二十八、九年頃までは、すくなくとも存在したことが認められ、本件にあらわれたすべての資料によつてもこの認定を動かすに足りない。

当裁判所は右商慣習を有効なものとし、その有効性を争う控訴人の主張を排斥するが、その理由は原判決に記載してあると同一であるから、右原判決の理由を引用する。

右のように株券発行前の記名株式の譲渡において商慣習上証拠金領収証又は領収証が記名株券と同様に取り扱われ、この商慣習を有効とする以上は、証拠金領収証又は領収証とその譲渡証書が盗難又は遺失に係るものであつても、商法第二百二十九条、小切手法第二十一条の準用により、その取得者が善意無過失であれば盗難の被害者又は遺失主に対する関係では右株式を取得したものと解さなければならないけれども、株券が未発行である以上は商法第二百四条第二項により右譲渡は会社に対してはその効力を生じないものと言わなければならない。

もつとも会社は株券を遅滞なく発行すべき義務がある(商法第二百二十六条第一項)に拘らず、不当にその発行を遅延するときは株式の自由譲渡性を害することとなるわけであるが、このような場合株式の譲受人は会社に対し株券の発行交付を請求すべく、右請求に拘らず会社が株券の発行交付をしないときはその制裁として信義則上会社は商法第二百四条第二項に基き株式譲渡の効力を否認し得なくなるものと解するを相当とし、之により譲渡の当事者は救済されるものと言うべく、商法第二百四条第二項の適用がいわゆる会社の株券一般発行の時までに限定されるものと解すべき根拠を見出すことができない。

又原審も説く通り領収証は株金払込期日前にあつては株式引受申込証拠金の払込を、同期日後に於ては株金の払込を受けたことを証明する文書であると同時に、一般に株券発行の際の株券の交付についての免責証券たるものであり、本件領収証なる成立に争のない甲第二及び第三号証の各一におけるように之と引換に株券を交付すべき旨が領収証面に記載されてあることを普通とし、殊に前記商慣習が存する以上会社は当然領収証と引換でなければ株券を交付すべきでなく、たとい領収証が盗難又は遺失に係る場合でも、会社は商法第二百四条第二項に藉口して領収証の現所持人を無視しみだりに盗難の被害者又は遺失主に領収証と引換でなしに株券を交付することは許されるべきではない。しかしながら成立に争のない乙第九及び第十号証、第十一号証の二、原本の存在及び成立に争のない第十三号証の一、第十四号証、当審証人藤田国之助、柳沢真三男、玉利信吾の各証言によれば領収証の喪失者から会社に対し株券交付の請求があつた場合会社は或は喪失者に警察署に対して領収証の紛失届をさせ、その証明書を提出させ、或は紛失の旨の新聞公告をし、相当期間(一ケ月乃至一ケ年)経過後他に所持人が現れてこないとき初めて請求者に交付し得べく、この場合に故意過失のない限り免責されたものとすることが慣習(以下これを乙慣習と略称する)として行われていることが認められ、この認定を動かすに足る資料は存しない。而して領収証が例えば滅失した場合にその株式が消滅に帰するものではなく、会社は結局之を喪失した権利者に領収証と引換でなく株券を交付しなければならないことは当然であるところ、株券の一般発行後相当期間が経過しても領収証の所在乃至存否を確認し難く、しかも領収証の喪失者から真の権利者であるとして株券交付の請求を受けたような場合には領収証につき株券の場合のように民事訴訟法所定の除権判決による失効制度の適用のない以上、会社が領収証の所在又は存否を探知する為に相当な手段をとつたに拘らず、これを確認することができない場合に、もし領収証の喪失者が真の権利者であつて他に権利者が存しないように思料されるときは喪失者の請求に応じ領収証と引換でなく株券を交付しても必ずしも不当とはし難く、このような場合右株券の交付による危険はむしろ相当の期間内に領収書と株券との引換を請求しなかつた領収証の所持人に負担させることが妥当と解せられ、この見地からすれば前記の乙慣習は領収証の所在乃至存否の不明な場合に会社のとるべき措置及び責任を定めたものとして至極相当なるものと認められる。もつともこの乙慣習を有効とするときは前記の証拠金領収証又は領収証の交付によつて株式を輾転流通させる商慣習(以下これを甲慣習と略称する)により取得された株式に対する権利を喪失させることとなるけれども、乙慣習の目的とするところは領収証の善意の取得者がその株式名義書換及び株券交付請求権を長期間行使しないことにより生ずる不合理を排除することにあつて、別段甲慣習の存在と矛盾するものではなく、又両慣習等しく株式に対する権利を有した者からその権利を喪失させる効果を生ぜしめるものであるところ、その一なる甲慣習を有効としながら今一方の乙慣習を以て株式に対する正当の権利を喪失させる結果を招来するという理由で公序良俗に反するものと解することは相当ではなく、尚又株券その他の一般の流通証券と異り取引界を輾転流通することを本来の性格としていない領収証に対する右乙慣習を有効とすることが株券その他の一般の流通証券に関する民事訴訟法上の公示催告の方法による失権手続に関する規定と相容れないものとすることはできない。而して別段の事情の認め難い本件では本件当事者も又右慣習による意思を有したものと認めるべきところ、本件株券の交付についても、成立に争のない乙第二号証、第三及び第四号証の各一、二並びに原審証人小林慎三の証言によれば、本件領収証の所持人であつた訴外菱三証券株式会社は同領収証を昭和二十六年七月十七日頃紛失し、控訴会社が株主一般に対し株券の発行を行つた前記同年同月二十五日の後なる同年八月十七日に控訴会社に対し株式の名義書換及び株券の交付を請求したが、これに対し控訴会社も前記乙慣習に従い訴外会社をして築地警察署に領収証の紛失届をしてその証明書を控訴会社に提出させ、その二ケ月経過しても領収証の所持人が現れて来なかつたので、同年十月十日に至り他に領収証の正当な所持人がないものと思料し、領収証と引換でなしに右請求に応じたものであることを認めることができ、控訴会社が右の措置をとつたにつき故意又は過失があつたことは認めることができない。然らば右株式名義書換及び株券の交付につき領収証の所持人たる被控訴人の蒙つた損害につき控訴会社は何等の責任をも負うべきものでないとしなければならない。

もつとも被控訴人は会社が領収証と引換でなしに株券を交付する場合に正当な権利者が出現したときその者に対する会社の義務につき控訴会社が訴外菱三証券株式会社から差し入れさせているような株券受領者に保証させる為の念書又は保証書を差し入れさせることが慣習となつていることによつても会社は領収証所持人に対する責任を免れるものではない旨の主張をしているけれども、会社がこのような念書又は保証書を株券受領者から差し入れさせていることが、法律上当然に会社が領収証の所持人に対する右責任を負うべきものとすべき根拠とはならないから右主張は到底認容することができない。

然らば控訴会社が本件株式の名義書換及び株券の交付を行つたことにより領収証の所持人たる被控訴人の蒙つた損害の賠償義務があるものとしその履行を求める被控訴人の本訴請求は上記以外の判断を待たずして失当たることを免れないものであり、原審が以上と異る見解に立つて右請求を認容したのは不当と言う外はないから、民事訴訟法第三百八十六条、第八十九条、第九十六条を適用して主文の通り判決した。

(裁判長判事 内田護文 判事 原増司 判事 高井常太郎)

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